#極力日記 16
書きたいことがなくて書けない日記と
書きたいことがありすぎて書けない日記があると知った。
前者は日記を継続したい気持ちの歯痒さを、後者は自らは怠け者と突きつける辛辣さをはらんでいる。
あと、日常に記しておきたい出来事がそう多くないくせに日記を書くというノルマを課すと、自身の内面を綴らざるを得なくなると気付いた。
現在、わたしにとってブログの類は"SNSより見られていない"という理由で好き勝手に書き散らかしている。なので(まだまだ少ないにせよ)書いたそばからSNSで書きました報告をすることに少々懐疑的ではある。
その一方、日記すら2週間ちょいで放棄するようなヤツと思われたくない、とも感じている。
だれもわざわざ気にしてなんかないのに!
怠惰の烙印>日記、なのだ。日記に謝れ。
話がそれた。
適当に書き散らかしているだけではあるが、いちおう『誰かしらが見ている』という意識はある。つまり『(全世界に公開しているとはいえ)何書いてもいいや』ではないのである。正しくは、何を書いてもいいけど他人に言及されたくないことは書くな。それに尽きる。
自分の場所なら、自分の好きに書いたらええやん?のなかには、しっかりと"書かない自由"も含まれているのだ。
"書くのが面倒"の中には、前述のようなゴチャついた取捨選択にかけるカロリーがない、という意味も多分にある。だったらなんやねんって話ですけど。
つらつら言ってみたものの、あ〜あ、なんか疲れたよな。うだうだ言うなよなめんどくさい…
それよりも、毎日こんな感じで過ごしたいよな。わかる。わっかる〜…
おわり。